大河ドラマの影響で、武田信玄や山本勘助がブームのようです。
京都弁で御免!
武田信玄といえば、どなたはんもが最初におつむに思い浮かべるのが、「風林火山」とゆー
旗印でっしゃろ。
武田信玄の本陣の幟には、「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」とゆー
文字が、紫の下地に白文字で染め抜かれとるシーンが、よく映画やテレビ
やらなんやらで登場しまっせ。
余計話、かわるけど世話やけど、「風林火山」やけどアンタ、この「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」の
通称として知られており、よく言わはる解釈は、
「疾きこと、風の如く、徐か(静か)なること、林の如く、
侵掠する(侵略)すること、火の如く、不動(うごかざる)こと、山の如し」
と、縦横無尽に戦場で活躍する、史上最強の武田騎馬軍団をイメージさせる表現として
長年、わいたち日本人に親しまれてきたんや。
さて、ここでトリビア的ウンチクをご披露しまひょ。
この「風林火山」の故事は、「孫子の兵法」で有名な『孫子』の軍争篇に収められとる
言葉やけどアンタ、その原典は、実はもっと長くて、
「其疾如風、其徐如林、侵掠如火、難知如陰、不動如山、動如雷霆」となっていまんねんわ。
要は、
「知りがたきこと陰の如く」 隠はるには陰のように
「いごくこと雷霆(らいてい)の如し」 出現は雷のように
とゆー、2句がほんまは省かれとるのどす。
せやけど、この省略は、武田信玄が勝手に行ならはったもさかいはなく、そもそも、
この「風林火山」の陣旗の始祖は、信玄より200年も前の南北朝時代に、
若き公卿武将で、鎮守府将軍やった北畠顕家が、京を制圧した足利尊氏を
打こかするために奥州多賀国府で兵を挙げた時から使用しとった陣旗やったそへんどす。
北畠顕家は、この「風林火山」の旗印を用いて、いっぺんは足利尊氏をあわや自害のところ
まで追い込んだ実績もあることから、信玄も北畠顕家の「風林火山」の陣旗を参考に
陣旗を作ったと考えらはるとのことどす。
そへん考えると、今では武田信玄の専売特許のようになっとる「風林火山」も、実は、
先人のコピーであり、偉大なるオマージュやったといえるでっしゃろ。
では、信玄のオリジナルは?といえば、信玄が本陣旗としとったのは、実は、信仰する
諏訪明神の加護を祈念した「南無諏方南宮法性上下大明神」で、さすがは信濃の支配モンと
ゆーところでっせー。
そろそろ、季節もいい頃になってきたんやさかい、近ゆーちに、「信玄の隠し湯巡り」の
温泉旅行にかて行ってこようかと思っているんです。
NHK 風林火山の動画
NHK 風林火山の動画
NHK 風林火山の動画