NHK次期大河ドラマ 「篤姫」
NHK「篤姫」 : 大河ドラマ情報 より掲載
http://www3.nhk.or.jp/drama/html_news_atsuhime.html
「篤姫」主演は宮崎あおいさんです!
2006年9月8日、東京・渋谷のNHK放送センターにて、2008年の大河ドラマ「篤姫」の主演発表が行われました。主役・篤姫を演じるのは、連続テレビ小説「純情きらり」にも出演中の、宮崎あおいさん。大河ドラマ史上、最年少での主演となります。
幕末―。
江戸城大奥から、時代の激変を見据えていた、ひとりの女性。
徳川 第13代将軍・家定の御台所、
幕末のファースト・レディー篤姫
薩摩・島津家のわずか1万石余の分家に生まれながら、将軍正室にまでなるシンデレラストーリーのような篤姫の人生は、一方で波乱と苦難の人生でした。
夫が急死。幼い第14代将軍・家茂の名目上の母として皇女・和宮を嫁に迎え「公武合体」に尽力するも、倒幕という時代の渦に巻き込まれます。
しかも倒幕派の中心は、生まれ故郷・薩摩藩という悲運・・・。
大河ドラマ「篤姫」は、時代に翻弄されながらも、自らの運命を前向きにとらえ力強く生き抜いた ”薩摩おごじょ” の一生を、宮尾歴史絵巻の金字塔「天璋院篤姫」を原作に、魅力あふれるヒロイン像を描くことに定評のある脚本家・田渕久美子が、熱く、鮮烈に描きます。
宮崎あおい(みやざきあおい)
…篤姫(あつひめ)(於一(おかつ)・天璋院(てんしょういん))
篤姫は、薩摩・島津家の分家に生まれながら、江戸幕府の第13代将軍・徳川家定(いえさだ)の正室となった女性。しかし、病弱だった家定は嫁いでから約1年半後に亡くなり、篤姫はわずか23歳で落飾して「天璋院」と号す。
将軍の跡継ぎをめぐる幕府内の凄まじい抗争、さらには、篤姫の故郷薩摩を中心とした反幕府運動の激化・・・。篤姫は大奥を預かる総帥として、明治維新の動乱の中、嫁ぎ先である徳川宗家のために、そして日本のために力を尽くした。
また、江戸城に迫りくる西郷隆盛ら薩摩藩を中心とした新政府軍に働きかけ、無血開城の実現にも大きな役割を果たした。
明治維新後は、徳川宗家を継いだ家達(いえさと)らの教育に専念し、未来の日本を支える人材の育成に心血を注いだ。
瑛太(えいた)※大河ドラマ初出演
…肝付尚五郎(きもつきなおごろう)(小松帯刀(こまつたてわき))
篤姫と同じ年に生まれ、ある縁で幼なじみとなり、成長とともに篤姫に熱い思いを寄せるようになる…。若くして薩摩藩家老となり、西郷や大久保ら藩士たちをまとめあげる。坂本龍馬とも深い友情で結ばれ薩長同盟も京都の小松邸で結ばれるなど、薩摩藩を明治維新のリーダーに押し上げることに大いに活躍した。しかし、それは、初恋の人・篤姫に刃を向けることにもなっていく。
小澤征悦(おざわゆきよし)
…西郷吉之助(さいごうきちのすけ)(隆盛(たかもり))
明治維新最大の功労者の一人。薩摩藩の下級武士の家に生まれるが、島津斉彬に見出される。江戸薩摩藩邸のお庭番として、篤姫と将軍・家定との婚儀をまとめるため、そして一橋慶喜(よしのぶ)を次期将軍とするために奔走する。のちに、江戸城総攻撃の際に官軍の代表となった西郷は、かつて自らが嫁入り道具を揃えた、篤姫と対峙することになる。
原田泰造(はらだたいぞう)※大河ドラマ初出演
…大久保正助(おおくぼしょうすけ)(利通(としみち))
薩摩藩の下級武士の家に生まれ、西郷と兄弟のように親しく育つ。お家騒動に巻き込まれ若い時に謹慎生活を送るが、のちに島津久光に見出され、明治維新を成し遂げるために大活躍する。薩摩時代の篤姫にとって、尚五郎、西郷、大久保は、青春を一緒に過ごした友人として深い絆で結ばれることになる。
■生家、今和泉島津家の人々
長塚京三(ながつかきょうぞう)
…島津忠剛(しまづただたけ)
篤姫の実父。島津御一門四家の一つ、今和泉島津家の当主。篤姫が男に生まれていたならば…、と思いながらも、元気で明るい篤姫がかわいくてならない。病弱で気も弱いが領民のことを誰よりも考えており、そんな優しい父の姿が、篤姫には、夫となった将軍・家定に重なって見えたのかもしれない。
樋口可南子(ひぐちかなこ)
…お幸(ゆき)
篤姫の生母。薩摩の女として、武家の女としての生き方を篤姫に教える。病弱な夫・忠剛に代わり、今和泉家を取り仕切る。幕末、篤姫が最後の最後まで徳川家を守り抜こうとしたのは、どんな逆境にあっても今和泉島津家を支え続けた母・お幸の背中を見て篤姫が育ったからではないだろうか。
岡田義徳(おかだよしのり)※大河ドラマ初出演
…島津忠敬(しまづただたか)
篤姫の三兄。二人の兄が若くして病死したため、のちに今和泉島津家12代当主となり、薩英戦争でも活躍する。男勝りの妹・篤姫には困り果てながらも、優しい兄としての一面もある。しかし、父・忠剛を窮地に陥れることになる西郷には、激しい恨みを抱くことになる…。
佐々木すみ江(ささきすみえ)
…菊本(きくもと)
篤姫の、今和泉家時代の養育係。篤姫が当主・斉彬の養女となることが決まったとき、高貴な出でない自分が養育係を勤めたことで篤姫の輝かしい将来に迷惑がかかってはいけないと考え自害する。篤姫は、菊本の死から、いざという時の女の凄まじさを学ぶ。
■京都・近衛家
春風亭小朝(しゅんぷうていこあさ)※大河ドラマ初出演
…近衛忠熙(このえただひろ)
五摂家筆頭、近衛家当主。島津家は、もともと近衛家の流れを汲む家柄。しかも忠熙の正室は斉彬の姉であり、斉彬とは非常に親しい間柄だった。篤姫は、斉彬の養女となった後、さらに忠熙の養女として、将軍・家定に嫁いだ。篤姫にとっては、三番目の父となる。のちに忠熙は、皇女・和宮による公武合体を強力に推進することになり、篤姫の人生に強い影響を与え続ける。
■薩摩の人々
沢村一樹(さわむらいっき)
…小松清猷(こまつきよみち)
薩摩藩の名門の出身の清猷は、容姿端麗で幼児から神童と噂されたという。後輩たちの育成を考え、篤姫や尚五郎(のちの帯刀)、忠敬らに学問を教えている。斉彬に抜擢され異例の昇進を遂げるが、海防のために向かった琉球で病死してしまう。旅立つ前、死を予感していたかのように、清猷は妹のお近と小松家の領地を尚五郎に託す。
ともさかりえ
…お近(ちか)
小松清猷の妹。香道を通じて篤姫と仲良くなり、なんでも相談しあえる姉のような存在となる。兄・清猷が若くして亡くなったあと、7歳年下の尚五郎を婿に迎えて結婚し小松の家を守ることになる。夫婦生活は円満であったが子どもには恵まれなかった。尚五郎の死後、側室・お琴の子を養子に迎え、大切に育て上げた。
榎木孝明(えのきたかあき)
…肝付兼善(きもつきかねよし)
尚五郎の実父。薩摩藩の名門・肝付家の当主。領地の喜入(きいれ)が、今和泉領の隣ということもあり、篤姫の父・忠剛と親交が厚かった。小松清猷の願いを受け入れ、三男の尚五郎を小松家の養子に送り出し、行く末を心配しつつも、おおらかに見守る。結果、尚五郎の人生の前途を大きなものとする。
的場浩司(まとばこうじ)
…有馬新七(ありましんしち)
薩摩藩士。西郷や大久保をはじめ、のちの精忠組らと付き合い、彼らの尊王思想に火をつけた。無類の酒好き、そして旅好き。久光上京の折により過激な行動をしようと計画したが、同じ薩摩藩士に寺田屋で鎮撫され殺害される。
真野響子(まやきょうこ)
…大久保フク(おおくぼふく)
大久保利通の母。お家騒動に巻き込まれ、夫は遠島に息子の利通は謹慎処分となるが、気丈に大久保家を守り抜く。出世競争で西郷隆盛らに引き離されるばかりの利通を常に勇気づけ、支えていく。そのフクの力強い姿に、篤姫は、薩摩おごじょの本質を学ぶ。
山口祐一郎(やまぐちゆういちろう)
…島津久光(しまづひさみつ)(忠教(ただゆき))
島津家29代当主忠義の父。異母兄・斉彬とは跡目争いのライバルとみなされるが、斉彬との対決は避けた。斉彬の死後、兄の遺志を継ぐために尚五郎や大久保らを積極的に登用し、明治維新の牽引役となった。本家に復帰するまで、久光の家は篤姫の今和泉家とは隣近所。久光の娘が篤姫とともに将軍御台所候補となるなど、篤姫とも深い因縁が…。
長門裕之(ながとひろゆき)
…島津斉興(しまづなりおき)
島津家27代当主。家老の調所広郷とともに藩財政の建て直しに取り組んだため、「蘭癖」(らんぺき)とまであだ名される長男・斉彬の蘭学趣味が、浪費にしか見えず、なかなか藩主の座を譲ろうとしなかった。その彼の斉彬への不信感が、島津家最大のお家騒動の火種となる。
涼風真世(すずかぜまよ)
…お由羅(ゆら)
島津斉興の側室。実の息子である忠教(のちの久光)を次期当主にしたいと強く願っており、斉彬に強烈なライバル心を抱いている。母としてのお由羅の欲望が、のちに薩摩藩を揺るがす大騒動(「お由羅騒動」ともいわれる)をひき起こすことになる。
平幹二朗(ひらみきじろう)
…調所広郷(ずしょひろさと)
島津家の家老。膨大な借金に苦しんでいた薩摩藩の財政を建て直し、明治維新に薩摩藩が活動するための財政基盤を築く。しかし、その強引な手法は藩士や領民の反感も招いた。父・忠剛の領地経営を手ぬるいと非難する調所に、篤姫は真っ向から反論するが…。
高橋英樹(たかはしひでき)
…島津斉彬(しまづなりあきら)
篤姫の養父。島津家28代当主。幕末を代表する名君として名高かった斉彬は、篤姫のみならず日本全体の運命をも変え、明治維新の生みの親とも言える。分家の娘に過ぎなかった篤姫に天賦の才を見出した斉彬は、篤姫を13代将軍・家定の御台所(正室)として大奥に送り込むことで幕政に発言力を得ようと企てたのだった。そんな斉彬の思惑を、篤姫はある日知ってしまうことに…。
《島津御一門家》について
島津家には「重富(しげとみ)」「加治木(かじき)」「垂水(たるみず)「今和泉(いまいずみ)けの四つの分家があった。
「女の道は、前へ進むしかない、
引返すのは恥でございます。」
薩摩・島津家のわずか1万石余の分家に生まれながら、将軍正室にまでなるシンデレラストーリーのような篤姫の人生は、一方で波乱と苦難の人生でした。
夫が急死。幼い第14代将軍・家茂の名目上の母として皇女・和宮を嫁に迎え「公武合体」に尽力するも、倒幕という時代の渦に巻き込まれます。
しかも倒幕派の中心は、生まれ故郷・薩摩藩という悲運・・・。
大河ドラマ「篤姫」は、時代に翻弄されながらも、自らの運命を前向きにとらえ力強く生き抜いた“薩摩おごじょ”の一生を、宮尾歴史絵巻の金字塔「天璋院篤姫」を原作に、魅力あふれるヒロイン像を描くことに定評のある脚本家・田渕久美子が、熱く、鮮烈に描きます。
日本史上の新しいスーパーヒロインの誕生に、ご期待ください!
篤姫(あつひめ)とは…。
天保6年(1835)生まれ、明治16年(1883)没。篤姫は、薩摩・島津家の分家に生まれながら、江戸幕府の第13代将軍・徳川家定(いえさだ)の正室となった女性です。しかし、病弱だった家定は嫁いでから約1年半後に亡くなり、篤姫はわずか23歳で、落飾して「天璋院」と号します。
将軍の跡継ぎをめぐる幕府内の凄まじい抗争、さらには、篤姫の故郷薩摩を中心とした反幕府運動の激化・・・。篤姫は大奥を預かる総帥として、明治維新の動乱の中、嫁ぎ先である徳川宗家のために、そして日本のために力を尽くしました。
また、江戸城に迫りくる西郷隆盛ら薩摩藩を中心とした新政府軍に働きかけ、無血開城の実現にも大きな役割を果たしました。
明治維新後は、徳川宗家を継いだ家達(いえさと)らの教育に専念し、未来の日本を支える人材の育成に心血を注ぎました。
脚本家の言葉…田渕久美子
あらゆる日本人の目が、外患・内憂によって曇り、あるいは幻惑されていた幕末の頃、南の果てに唯一、冷静かつ先見性に満ちた視線を持つ藩がありました。遠い海に浮かぶ琉球という独立国家を支配下に置き、本州の長さに匹敵する長さの領土を保持していた薩摩藩です。
ペリーの浦賀来航に先んじること8年、同藩が外国船による開港要求を体験していることを知る人は少なく、幕末きっての名君と称された島津斉彬が、西郷隆盛、大久保利通らに与えた薫陶によって、明治維新が成されたことを知る人もまた多くはありません。
その島津斉彬が養女に選び、徳川将軍の御台所として、いわば大奥に送り込んだ女性、それが天璋院篤姫その人です。
彼女の存在を知ったとき、「幕末」とその時代に生きた人々が私の中でいきいきと動き出すのを感じました。この国が混乱を極めていた時代に、最後まで「誇り」と「覚悟」を失わなかった女性、篤姫。愛する故郷である薩摩が、そして皮肉にも婚礼の仕度役だった西郷が刃を向けてきたとき、実家よりも婚家を守り通そうとしたその姿勢に、日本人が失ってしまった、そして、今の日本人になによりも必要な「何か」が秘められているのではないか。その疑問への答えを見つけるのが、脚本家としての私自身の「覚悟」でもあります。
勝海舟、坂本龍馬、徳川慶喜、和宮といった魅力的な群像に加え、今回は、薩摩藩の若き家老であり、西郷や大久保にも匹敵する働きから最初の宰相とまで呼ばれながら、歴史の中でとりあげられることの少なかったヒーロー、小松帯刀にもスポットを当ててみたいと思っています。
とかく暗く、陰湿に見られがちな幕末という時代を、明るく清々しい、人間賛歌のドラマに仕上げることができればと、これもまた私の「覚悟」です。
不思議な「検索窓」
きままに言葉を入れたら即座に検索結果が現れてくるんです。
例えば「ジュエリー」「電化製品」「ローレクス」など。
病み付きになってやめられません。
遊び始めたら止められません(ご注意!)
お友達にも教えてください。
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