NHK「風林火山」 : 大河ドラマ情報
NHKより掲載
http://www.nhk.or.jp/drama/html_news_fuurin.html
番組からのおしらせ(2005/9/5)
2007年(平成19年)の大河ドラマは「風林火山」です。
戦国時代の乱世、最強軍団といわれた甲州武田軍。その軍旗は「風林火山」。
古代中国の軍略家・孫子の言葉に基づいている。
武田軍の孤高の軍師・山本勘助 (やまもとかんすけ)。
勘助は武田信玄こそが唯一の覇者と信じ、戦い、そして川中島の大合戦に散っていく。
夢と野望、愛と憎しみ、謀りごとと裏切り。
大河ドラマ第 46 作「風林火山」は井上靖の不朽の名作をドラマ化する、戦国ロマン大河の決定版です。
<企画意図>
「風林火山」は、明日はどうなるかわからない乱世の戦国時代に、運命を定めとして生きる人々の愛と夢の物語です。夢に向かって生き抜いた人々、夢なかばにして破れ散っていった人々。それぞれが夢に賭ける覚悟や無念、その美しさをダイナミックに描きます。
<あらすじ>
天下統一をめざし乱世を駆けぬける風林火山の軍団の中心には稀代の軍師・山本勘助がいた。他者を容易に寄せつけず、孤高にして天才的な兵法家である。勘助は甲斐の虎・武田信玄に天下取りの夢を賭けて奇想天外な機略をめぐらして信濃へ進攻する。
そして謀略により亡ぼされた諏訪一族の由布姫(ゆぶひめ)との出会い。
由布姫は信玄の側室になってその子を生みつつも、一族の敵として信玄の命をねらうが、勘助はそんな由布姫に無償の愛を募らせていく。
やがて武田軍は北信濃にまで攻め込み、越後の龍・上杉謙信との宿命の対決・川中島決戦が迫っていた・・・。
<原作について>
「風林火山」は昭和 30 年( 1955 年)に発表されました。 2007 年は井上靖生誕 100 年にあたり、井上文学が大河ドラマの原作になるのは初めてです。
<登場人物紹介>
【山本勘助晴幸】
武田信玄の軍師。生年生地には諸説ある謎の人物。若い頃から諸国を遍歴し、軍略や築城術などの兵法を身につける。武田晴信(後の信玄)の武将としての器に惚れ込み、晴信の天下取りを補佐すべく武田家に仕官する。合戦の作戦を立てるだけでなく謀略にも優れ、戦わずして数々の勝利を武田軍にもたらす。晴信の側室、由布姫を敬慕し、二人の子・勝頼が武田家の跡継ぎになるべく画策する。川中島の戦いで自ら編み出した啄木鳥(きつつき)の戦法を上杉謙信に見破られ、命を落とす。
【武田信玄】
鎌倉時代から続く源氏の名門であり甲斐国の守護・武田家の嫡男として生まれる。異常な振る舞いの目立った父・信虎を追放し、武田家の後を継ぐ。早くから天下統一を目標に定め、その第一歩として信濃攻略に心血を注ぐ。北信濃で上杉謙信と数々の名勝負を繰り広げ、特に永禄四年の川中島の戦いは戦国史上最も名高い合戦の一つに数えられる。勘助の死後も領土を拡張し続けるが、最後は上洛途上に志半ばで生涯を閉じる。「英雄、色を好む」の言葉そのままの人物で、女性をめぐるトラブルを次々とひき起こす一面もある。
【山本勘助晴幸】
武田信玄の軍師。生年生地には諸説ある謎の人物。若い頃から諸国を遍歴し、軍略や築城術などの兵法を身につける。武田晴信(後の信玄)の武将としての器に惚れ込み、晴信の天下取りを補佐すべく武田家に仕官する。合戦の作戦を立てるだけでなく知略にも優れ、戦わずして数々の勝利を武田軍にもたらす。晴信の側室、由布姫を敬慕し、二人の子・勝頼が武田家の跡継ぎになるべく画策する。川中島の戦いで自ら編み出した啄木鳥(きつつき)の戦法を上杉謙信に見破られ、命を落とす。
…内野聖陽(うちの・まさあき)
昭和43(1968)年、神奈川県生まれ。1993年「女たちの十二夜」で初舞台を踏む。同年、NHK土曜ドラマ「街角」でテレビドラマ初出演、大型新人として注目を浴びる。連続テレビ小説「ふたりっ子」のプロ棋士役で人気が沸騰し、以後、テレビ、舞台、映画に幅広く活躍する。受賞歴も豊富で映画「(ハル)」で日本アカデミー賞優秀新人賞、日本映画批評家大賞新人賞を受賞したのを皮切りに、エランドール新人賞、紀伊国屋演劇賞個人賞、読売演劇大賞最優秀男優賞を次々と受賞する。近年では金曜時代劇「蝉しぐれ」で放送文化基金賞出演者賞、モンテカルロ国際テレビ祭主演男優賞を受賞し、その端正かつスケールの大きな演技力への評価は高い。NHKでは他に、金曜時代劇「十時半睡事件帖」「秘太刀馬の骨」土曜ドラマ「疾風のように」などがあり、大河ドラマへの出演は「徳川慶喜」に次いで2回目となる。
【武田信玄】
鎌倉時代から続く源氏の名門であり甲斐国の守護・武田家の嫡男として生まれる。異常な振る舞いの目立った父・信虎を追放し、武田家の後を継ぐ。早くから天下統一を目標に定め、その第一歩として信濃攻略に心血を注ぐ。北信濃で上杉謙信と数々の名勝負を繰り広げ、特に永禄四年の川中島の戦いは戦国史上最も名高い合戦の一つに数えられる。勘助の死後も領土を拡張し続けるが、最後は上洛途上に志半ばで生涯を閉じる。「英雄、色を好む」の言葉そのままの一面もある。
…市川亀治郎(いちかわ・かめじろう)
昭和50(1975)年、東京都生まれ。歌舞伎俳優。父は(四代目)市川段四郎、伯父は(三代目)市川猿之助。1980年、「義経千本桜」で初舞台を踏む。83年、二代目市川亀治郎を襲名。若手実力派として、精力的に舞台に立ち続けている。歌舞伎座への出演以外でも、新春の風物詩として定着した浅草花形歌舞伎には1999年から出演、2002年には自らが主宰する自主公演「亀治郎の会」を立ち上げるなど、常に新しい分野に意欲的に挑戦する舞台活動は高い評価を受けている。三谷幸喜氏が初めて歌舞伎に挑戦した話題作「決闘!高田馬場」にも出演、評判を呼ぶ。テレビドラマはもとより、映像作品は今回が初出演で、どんな演技を披露するのか期待大である。
【上杉謙信(長尾景虎)】
越後守護代・長尾家の次男として生まれる。元服して長尾景虎を名乗り、群雄割拠状態だった越後をまたたくまに統一する。下剋上渦巻く戦国にあって道義を重んじる姿は特異なものがあり、戦いにあたっては常に大義名分を求め、武田や北条に敗れた武将を常に保護し利害を超えて戦った。北条に追われた関東管領・上杉憲政を助け、その養子となって管領職を譲られ以後、上杉氏を名乗る。戦の上手さは比類がなく、合計5回に及ぶ川中島の戦いで武田信玄と死闘を繰り広げた。清廉で潔癖なその姿は、自らが信仰した毘沙門天に重なり合い、軍神とも呼ばれた天才武将である。
…Gackt(ガクト)
カリスマ的な人気を誇るミュージシャン。バンド活動を経て1999年からソロ活動を始め、2001年から4年連続で紅白歌合戦に出場する。代表曲に「ANOTHER WORLD」「12月のLove Song」など。2005年には初の東京ドームライブを行い、アリーナを馬に乗って疾走するなど、優れたクリエイトセンスを発揮した独自の世界観とまさに他に類を見ないステージングで、45,000人を熱狂の渦に巻き込んだ。俳優としては自身が脚本を手がけた映画「MOON CHILD」に出演。テレビドラマ出演は今回が初めてとなる。
出演者発表にあたって…制作統括・若泉久朗(NHKドラマ番組部)
『戦国一の軍師にして謎のべールに包まれた異将、山本勘助。「風林火山」の主役は満を持して、内野聖陽さんの登場です。金曜時代劇の名作「蝉しぐれ」をはじめとしてテレビ、映画、舞台すべてに活躍する若手ナンバーワンの本格派です。エネルギッシュでいて時には冷酷なほどクール。戦国の世の野望と無常を全開で疾走する新しいヒーローの誕生にどうぞ御期待ください。そして武田信玄を演じるのは市川亀治郎さん。前々から舞台を拝見してその変幻自在で千変万化な華麗さに圧倒されました。歌舞伎界の若き天才が作り上げる、太陽のように大きく、臨機応変でしなやかな信玄に今から胸が躍ります。さらに注目は乱世に降り立つ孤高の軍神・上杉謙信。最大のライバルはGacktさんです。もしいま謙信が生きていたら、Gacktさんそのものだなと確信しています。義にあついロマンチスト、根強い人気を誇る天才武将が現代のカリスマによって甦ります。戦国に生きた稀代の三人の英雄たち。今それぞれの世界で活躍する新しい才能が火花を散らして、気高く孤独な愛と夢に挑みます。』
「風林火山」出演者第3次発表!
武田信虎(たけだのぶとら)…仲代達矢(なかだいたつや)
甲斐武田家当主であり、晴信(信玄)の父。甲斐一国の統一を成しとげ、さらに信濃へと領土の拡大を試みるが、嫡男・晴信によって駿河に追放され当主の座を奪われる。
信虎は、14歳で家督を継ぎ、四分五裂の状態にあった甲斐を統一。戦上手として知られ、甲斐の治安は安定し他国からの侵略を受けることもなくなった。一方で、際限なく続く戦役に領内の不満が高まり、さらに苛烈な性格から家臣の離反も目立つようになる。嫡男・晴信を理由もなく嫌い、遂には次男に家督を継がせる意思を鮮明にし、結果、家臣からも見限られ駿河今川家に追放されることになる。
大井夫人(おおいふじん)…風吹ジュン(ふぶきじゅん)
武田信虎の正室。嫡子・晴信をはじめ三男一女を産む。夫人は武田の流れを汲む甲斐の豪族・大井氏の生まれだが、実父が信虎と争い敗れた際に人質同然に信虎と結婚させられた。そのため心の底では夫・信虎を信じることができず、その分、長男・晴信に愛情を注ぎ、熱心に教育した。夫が晴信によって追放された際には、父子の不仲の原因が自分にあるのではと悩み出家し、以後は北の方と呼ばれた。
板垣・甘利の両重臣が討たれ大敗した上田原の戦いでは、帰陣を促す手紙を送り、意地を張って撤退しない晴信を諌めた。肉親・家臣からの敬慕の情は厚く、戦乱の世にあって大井夫人は武田家安泰の象徴ともいえる存在であった。
寿桂尼(じゅけいに)…藤村志保(ふじむらしほ)
戦国大名・今川義元の母。公家の生まれで、京より今川家に嫁ぐ。夫は今川氏親。長男・氏輝、次男・彦五郎、五男・義元など6人の男子を産む。夫・氏親が死んで以降、幼い氏輝を補佐して、実質的な当主として今川家に君臨。そのため、後世「女戦国大名」と言われた。
当主・氏輝、彦五郎が相次いで謎の死を遂げ、お家騒動が勃発した際、寿桂尼は、当時出家していた承芳(後の義元)を盛りたて、側室の子・玄広恵探と対決する。
この内乱は、花倉の乱(はなくらのらん)と呼ばれ寿桂尼と義元が制し、義元が当主となる。その後も今川家の重鎮として崇敬を集め、義元が桶狭間で織田信長に討ち取られるとまたも若い当主を支えることとなる。1568年、武田信玄が同盟を破って駿河を侵略、今川家は滅亡するが、それは寿桂尼の死の直後だった。生涯かけて今川家を支えた女性である。
上杉憲政(うえすぎのりまさ)…市川左團次(いちかわさだんじ)
関東の名門中の名門、山内上杉氏の最後の当主。代々、関東管領を継ぎ東国を実質的に支配していた上杉氏は相次ぐ内紛で次第に没落し、憲政が継いだ頃には新興の小田原北条氏によって北関東に追い詰められていた。1552年に北条氏康によって関東を追われた憲政は越後の長尾景虎の元に逃れ、実質的に山内上杉家は滅亡する。
関東の秩序回復を求められた長尾景虎は北条氏を倒すために出陣、そこに信濃進出を続ける武田家の思惑が絡み合って、東国は巨大な戦乱の渦に飲み込まれていく。のちに、憲政は景虎と養子縁組を交わし、上杉姓と関東管領職を譲る。長尾景虎は関東管領・上杉謙信となり、戦国史上最も有名な武田・上杉の戦いが始まることになる。
教来石景政(きょうらいしかげまさ)…高橋和也(たかはしかずや)
晴信の側近の一人。後に甲斐の名門・馬場家を継ぎ名将・馬場信春として後世に名を残した。甲斐の地侍にすぎなかった景政は晴信に目をかけられ次第に出世、天文15年には侍大将となり、家老の一人に加わる。戦上手なだけでなく調略や築城にも才能を発揮し、勘助の一番弟子ともいえる存在となる。諏訪攻めにあっては勘助とコンビを組んで諏訪家臣の切り崩しを行い大功を立てる。信濃では、守護・小笠原長時が逃亡した後の松本城代を務め、筑摩郡を支配した。
川中島の戦いでは別働隊の将の一人として武田軍を敗戦から救い、勘助、晴信の死後も勝頼に仕え、長篠の戦いで敗戦の中、殿(しんがり)を務め戦死する。
小山田信有(おやまだのぶあり)…田辺誠一(たなべせいいち)
武田家の重臣・小山田家の当主。武田信虎、晴信の二代に仕える。
小山田家は信虎が甲斐を統一するまでは、甲斐の東半分にあたる郡内(ぐんない)地方を領有し、その勢いは武田家をしのいでいた。信有の父の時代に小山田家は信虎の軍門に下り、以後は武田家の重臣として活躍することになった。
信有は知略と武力を兼ね備えた名将で、駿河の今川家がお家騒動で内乱状態に陥った時には素早く先を読んで、家督争いに勝つ今川義元側を支援し、結果、長年の仇敵であった武田家と今川家は同盟を結ぶことになる。
以後は、譜代家老衆の一人として武田家の先陣に立ち信濃攻略に奮戦。勘助とはお互い智謀に優れるゆえに一種ライバル関係となる。
禰々(ねね)…桜井幸子(さくらいさちこ)
晴信の妹。対立関係にあった武田家と諏訪家の和睦の証として、諏訪頼重のもとに嫁ぐ。頼重との間に嫡子・寅王丸をもうけ幸せな家庭を築くが、兄・晴信が突如、諏訪を攻めたことによって運命が暗転する。
降伏した頼重とともに甲斐に連れ戻されるが、頼重は晴信によって自害を命じられる。慕っていた兄に裏切られたショックから病に伏すようになり、晴信の面会すら拒むようになる。諏訪滅亡の翌年、病が高じて死去。戦乱の世を恨み、嫡子・寅王丸には平和に生きて欲しいとの今わの際の願いは、やがて裏切られることになる。常勝武田家に生まれながら運命に翻弄された悲劇の女性であった。
武田信繁(たけだのぶしげ)…嘉島典俊(かしまのりとし)
晴信の同母弟、母は大井夫人。晴信を嫌った父・信虎は家督を信繁に譲ろうとしたが、信虎追放にあっては兄・晴信に従った。官職名の左馬助(さまのすけ)の別称、典厩(てんきゅう)の通り名で知られた。晴信に劣らぬ知将とされ、信繁が息子に与えた九十九か条の家訓はのちに「信玄家法」の名で流布し、武士の身の処し方のバイブルとされた。
勘助が命を落とした第4回川中島の戦いでは劣勢の武田本隊にあり、命を賭けて兄の本陣を守り、壮烈な討ち死にを遂げる。当時の記録には、信繁の死を嘆く記述が数多く見られ、武田家にあって重きをなしその名声が他国にまで及んでいたことが窺える。
北条氏康(ほうじょううじやす)…松井誠(まついまこと)
小田原北条氏の三代目当主。祖父・北条早雲が無からつかみ取った領国を拡大し、ほぼ関東一円を手中に収めることに成功する。
氏康は武田晴信と同世代で家督もほぼ同時期に継ぎ、今川義元が尾張織田の攻略に、武田が信濃攻めにそれぞれ苦労する間に関東を席巻。氏康は晴信、上杉謙信と並ぶ名将として人望も厚く戦も強かった。関東管領・上杉憲政の大軍を河越(かわごえ)で破り、憲政を越後に追い落とし、憲政の養子となった長尾景虎が小田原に迫った際も徹底して決戦を避け、戦を長引かせることで上杉勢を退けた。
浪人時代の勘助は氏康を見込んで仕官を申し出るが、氏康は勘助の武田への復讐心の強さを警戒して拒む。しかし二人の出会いは後の武田・北条・今川の三国同盟成立の足がかりとなる。
第3次出演者発表にあたって…制作統括・若泉久朗(NHKドラマ番組部)
「風林火山」、いよいよ大所の皆さんの発表です。信玄の父・武田信虎は仲代達矢さん。ドラマの前半を引っ張っていただきます。母・大井夫人は大河初出演の風吹ジュンさんです。対する今川義元の母・寿桂尼は藤村志保さん、関東管領・上杉憲政は市川左團次さんです。武田の若き武将、教来石景政は高橋和也さん、小山田信有は田辺誠一さん、そして信玄の薄幸の妹・禰々は桜井幸子さんに演じていただきます。信玄の弟・信繁の嘉島典俊さんと北条氏康の松井誠さん。お二人は大衆演劇で活躍される人気者です。
重厚かつ時代劇のプロの皆さんによる競演に御期待ください。